無明から真人へ 3

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<氣>が墨の妙技を活かす

 修行の合間、墨絵を描いている最中に、忽然として『ぼかし技法』のヒントを掴んだのです。否、これはもう<氣>の妙技というレベルで具体的な説明となると難しく、例えるなら、突如として筆先がエアーブラシに化け、すみの粉末を一パーセント単位で微調整可能にさせるべく奇跡のような新発見の意匠そのものでした。

 それ以降、水墨画の代表作品の模写を繰り返し描き込みました。

−これで、やっと自分独自の水墨画が描ける。これに拠って陰徳が積めるかも知れない。−

 昨年の四月末日。まるで子供のように小躍りしてしまいました。傍観すると、<勝手に陰徳だ、利他行なのだと宣っているが、一方的な思い込み以外の何ものでもないぞ>と厳しいお叱りを受けるかも知れませんが、しかし、今の私にはこれしか、ご老師の恩に報いる手立てがありません。否、これだけでは不十分であることは承知の上です。なぜなら、決して償うことのできぬ大きな過ちは、もう二度と元には戻せないからです。この思いを忘れず、今できることのみを精一杯やり切ること。

 それが自己の贖罪であると肝に銘じ、最期の日まで描き切る以外にありません。それ以上でもそれ以下であってもならないと。

 後日、漸く構図が決まりました。ー水墨画の故郷ーとして、よく題材に出される景勝地「黄山」です。・・・・・・果たして勝手に玉龍寺に墨絵を送りつけ、ご老師からどのような評価と印象を与えることに成るだろうか。と少しの不安と共に恐縮し乍ら、一通の書簡を添えて送ることに致しました。

 これが機縁となり、一人一寺運動に活用されることを心から祈念し、ご老師の宣揚される純禅の大法が、此の世に拓かれることを願って・・・・・。

<完>

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